「体傷療法ができない」断罪の呪い経験者が語る壮絶治療

今年流行の「断罪病」とはどんな呪いなのだろうか?今回は断罪の呪い(以下通称で断罪病とする)に罹患し、治療リハビリを経験した元患者に話を聞いた。

初期症状の自覚全くなし…科学人Aさんの経験

魔境帝国在住のAさん(仮名)は、温厚な科学人サラリーマンだ。しかし3年前に突如、断罪病に罹患。1年間の壮絶な治療を経験した。

「初期症状は全く自覚できず、今も呪いを拾った時期ははっきりしません」

そう語るAさん。いつも通りの生活を送っていただけなのに、心身は呪いに侵されていた。「そういえば…」と振り返った最も初期の自覚症状は、「電車やバスの遅れに無性にイライラしたこと」だ。時間通りに到着するので有名な帝国交通機関だが、「1分でも遅れると、許せないような気分になった」という。

しかし、当時は仕事が忙しかったこともあり「ストレスで余裕がなくなっているな。反省しなければ」と理解。気分を切り替えることも、すぐにできていた。この時期についてAさんは「イライラしているなという自覚もあったし、客観的に気持ちを切り替えることもできていました。だから呪われているとは全く気付きませんでしたね」と、初期症状で治療を考えることの難しさを指摘する。

呪いが判明したのは2か月後

Aさんが呪いに罹患しているのが分かったのは、初期症状から2か月後。改札口の列に横入りした見知らぬ中年男性をAさんが厳しく叱責し、つかみ合いのケンカに発展。警察に保護され、事情聴取を受けた。

普段は自他ともに認める温厚な性格のAさんは、自らの言動にひどく動揺していたという。その様子を見ていた倫理官の助言で、メンタルクリニックを受診した。クリニックでは魔科学疾患簡易検査を受け、すぐに断罪の呪いに罹患していることが判明した。Aさんの普段では考えられないような行動は、「断罪行動」という断罪病の症状だったのである。

この結果にはとても驚いたというAさん。

「はじめはうつ病なのかと思っていたのですが、カウンセラーにこれは呪いだと言われました。呪いって魔法現象じゃないですか。魔法使いでもないのに呪いに罹るのかと驚きましたね」と、当時の心境を語る。

Aさんは先祖代々、筋金入りの科学人。自分は呪いには縁遠いと思っていたが、実は断罪病は科学人の罹患率が非常に高い。Aさんのように「科学人は呪いに罹らない」という思い込みがあると、呪いの発覚を遅らせてしまうことがある。

すぐに魔法学的治療に踏み切れば…最初の決断が遅れ後悔

Aさんは詳しい状況を知るために、魔科学総合病院を受診。罹患してから少なくとも2か月以上が経過していたAさんの呪い浸潤率はやや高く、中程度と診断された。この時に選択した治療方針について、Aさんは今も後悔しているという。

「体傷療法を受ければ、3か月で治ると言われました。でも、なんとなく解呪治療は怖くて…自然なイメージの心理療法を選択しました。体傷療法がお勧めだったのですが、魔法になじみが無いことや自力で治したいことを説明すると、病院側も納得してくれました。でも、今となっては、なんで体傷療法をしなかったんだ?って…」

Aさんに病院側から提案された選択肢は、魔法学的治療の体傷療法と科学的治療の心理療法。

体傷療法とは呪いで受けた心的ダメージを物理的な怪我に変換する治療法で、呪い耐性をつけることはできないがほぼ確実に呪いを治すことができる。

一方で心理療法はカウンセリングや訓練を重ねて呪い行動を克服する治療法で、魔法を使わず呪い耐性もアップする。普段から魔法を受ける習慣がない科学人としては、心理療法を選びたくなる気持ちはよくわかる。

しかしAさんの場合は、この選択が壮絶な治療の幕開けとなってしまった。

カウンセリングで自罰行動を発症 治療拒否で自傷に走る日々

心理療法を受けながら断罪の呪いを克服しようとしたAさんだったが、カウンセリングで自分の言動を振り返るたびに強い罪悪感にさいなまれた。これは断罪病の症状の一つ、「自罰症状」の表れだった。しかしAさんはこれをカウンセラーに話すことができなかった。

「自分の行動を反省しなければいけないのに、悪いことをしているんだという気持ちが強すぎて前に進めない。これは良くないことだと思いました。素直に相談できず、気持ちを隠しながら訓練を受けて、問題行動を抑え込むことに躍起になっていました」

自罰症状を隠してとにかく他人への断罪行動をやめようとしたAさんは、次第に治療に消極的になっていった。訓練で他人への断罪行動をコントロールできるようになると、自己判断で定期受診をやめてしまった。

しかし治療を中断すると、今度は自分の行動に対する許せなさ・怒りがあふれ出してきた。

「どうして呪いになんか罹ってしまったのか、他人を攻撃してばかりいるのか、と自分を責めなければ気が済まなくなっていました」

Aさんは心身ともに自分を罰する行動を繰り返すようになる。執拗な自己批判(自己中傷といっても過言ではない)を繰り返し、心に限界が来たら体を傷つける。その繰り返しの日々が続いた。2週間後、治療に来なくなったのを不審に思った担当カウンセラーが自宅を往診したところ、ほぼ廃人状態のAさんを発見。Aさんは緊急で保護入院することになった。

「もう体傷療法はできません」 超伝統的な投薬&リハビリの日々

「治療担当がカウンセラーから精神科医に変わりました。最初に言われたのは『もう体傷療法はできません、あなたは体を傷つけ過ぎました。昔ながらの精神病棟のやり方で治すしかない』ということです。治るんだという希望と、しんどい思いをしなければいけないという絶望を同時に感じました」

自傷行為をやりすぎたAさんは、すでに体傷療法に耐える身体状況ではなかったという。Aさんは伝統的な精神病棟式の治療を受けることになった。毎日決められた日程を過ごし、投薬とリハビリで少しずつ症状を改善させていった。自傷行為への衝動が抑えられないときには、一時的に身体拘束を受けることもあったという。

「あの時の自分は、ああしなければ治らないところまで来ていたと思います。でも、もう二度と経験したくない。つらい思い出です」

Aさんは約3か月間の入院期間を経て、自宅療養に移行。投薬と心理療法で呪い行動をコントロールし、発症から1年で断罪病の寛解に至った。現在は仕事に復帰し、呪いの症状を感じることなく生活している。

「魔法に抵抗があっても、おすすめされた治療法を前向きに受け入れることが重要だと思います。あと、勝手に治療をやめないことも。私のように拗らせず、短期間でスパッと治してほしい」と、Aさんは呼びかけていた。


この記事のインタビュー内容は、全て個人の経験に基づくものです。
呪いは魔法学的現象であり、呪い治療に使われる全ての治療法は解呪師の指導・監督の下、行われています。これには科学的治療の心理療法も含まれます。
呪いと精神疾患を判断するには、特別な専門知識が必要です。Aさんと同様の症状があるからといって、必ずしも呪いに罹患しているとは限りません。気になる症状がある方は、お近くの治療機関に相談してください。