自由と無法地帯は紙一重…傑作からヘイトまでごちゃまぜ個人紙の功罪

個人紙への倫理検査義務付けのニュースを受けて、ユーザーの間では様々な反応が広がっている。

「呪いを避けるためには倫理検査が必要」「モラルを守れない人がいる限り、検査は避けられない」と賛同する声がある一方で、「自由な表現が損なわれる」「問題のあるユーザーはごく一部」と反発の声も少なくない。

書籍などの既存メディアに比べて、個人紙は多様なテーマと自由な表現が評価されている。様々な形の表現物を一定のフォーマットに落とし込むことで、誰でもどんなものでも世界に向けて発信できるようになった。

自由な表現の土壌から生まれた傑作は数多あり、一時は「本屋が新聞屋につぶされる」というフレーズが流行したほどだ。

しかし、自由と無法地帯は紙一重。敵対する思想や勢力に対しての暴言を綴ったヘイト文書や、極端な言説で人を惑わすことを目的とした洗脳文書も個人紙にはあふれている。これらの問題のある文書には、呪いが含まれている場合が多く、今回の規制の原因となった。

いち早く個人紙を開設し、個人紙ソムリエを自称するリッチニッチ氏は個人紙の現状についてこう語る。「玉石混交の中で自分だけの名作、快作を見つけるのが個人紙の大きな楽しみの一つです。規制は本来呪いなど問題のある文書にしか課せられないものですが、ユーザーの適切な表現にブレーキをかける作用もあります。不適切と適切のギリギリを責めるような個人紙は、今後減少するかもしれません。」

文化の保全と呪い対策、難しい選択を迫られた個人紙。手軽さと自由さを維持したまま、安全性を高める方策が求められている。