月刊『文字ノ泉』から逆輸入!エッセイ小説『活字の読めないカタカンナ』1話:新入社員は編集長?
月刊『文字ノ泉』で連載中のエッセイ小説、『活字の読めないカタカンナ』が文字ノ泉ニュースにも掲載されます。
1話:新入社員は編集長?
「恥知らず」その言葉は恥をかいたときに降りかかる。でも、一度も恥をかかない人生よりはずっと良い。
彼女が自分を恥知らずだと気づいた年齢は、人よりだいぶ遅かった。三度の飯より本が好きでお友達少なめの彼女は、少々うぬぼれ屋に育ってしまったらしい。
彼女は一つの重大な事実に気づくことなく、トーホン報道国の老舗出版社の門をたたいた。そして非常荒い網の目の、たまたま目詰まりしていた所に引っかかり、なんと入社してしまったのである。
部屋の大きさと記者の実力は逆
―5月、新年と共にその封筒は届く。新入社員が一斉に、自分の配属を知るのだ。皆の目当ては大抵、―社訓を全く知らないものでない限り―専門誌の見習いライターである。彼女も当然、専門誌『知恵と知識』を狙っていたのだが…
「編集長?まさか…編集長なはず無い!」
思いがけず特大の外れくじを引いた彼女はまず、自分ではなく人事部を疑った。しかしこの時期の新人の問い合わせには全く対応しない。それが、人事部というものである。哀れな新入社員はトボトボと、歴史しか取り柄のない新聞部のオフィスに向かった。
新聞部は専門誌のフロアをエレベーターで全て通り過ぎた先に位置する。所せましと置かれた資料や取材に走る記者たちをかき分けると、申し訳なさそうに広々とした編集長室を見つけることができる。
彼女が到着した時には、そこに似つかわしくない女性と、男性が二人。すでに待っていた。仕事ができそうなその人は彼女を見つけ、「こっちよ」と呼び掛けた。
「遅れてすみません」とか「いいのよ」といった意味のない会話は早々に切り上げ、キャリアウーマンは本題に入った。
ダメな犬ほどよく吠える
「第一に、あなた達は落ちこぼれじゃない。それを覚えておいて。この会社が特別なの。総合誌の編集長っていうのは本来誰もが目指すべきポストで…」
「承知しています。ここは成長の場です」
若い男がお決まりの慰めを遮った。新人女も追随して「でも、ジェネリックよりスペシフィックが社訓です」と口答えした。
女上司は彼らの悲劇的な愚痴を全て理解しているかのように、「たしかにそうよ」とせき止めた。
前向きなキャリア―ウーマンは新人たちに彼らの仕事がいかに重要かを説き伏せ、ふと我に返ってこう言った。「新聞部の雑誌を創刊します」と。
(ちなみに未だなにもしていない男はこの会社の社長だが、これからもにこやかにうなずく以外のことはしない。今のうちに説明しておく。)
女上司は社の特別顧問で、アメリーというらしい。社長は「旧知の仲だ」と付け足した。彼女はこの出版社の新聞部の社内地位を向上するべく雇われた。最古の部署がカースト最下位なのは、社長としても思うところがあったのだろう。
詳しい内容を説明する前に、アメリーは新人たちを巻き込もうと考えた。新人の名前を尋ねた。新人その1は「タイラカナゾウ」と答え、その2は「カタカンナ」と答えた。(男女は自明であろう)そして、アメリーの説明が始まった。
黙るくらいなら間違えろ!
「専門的であることに価値を置く出版社が、新聞を軽視するのはなぜ?」
新人その1カナゾウは、悪びれもせず所属先をけなした。「新聞は毎日ひたすら事件や事故を追いかけて、事実を書くのみ。専門性がないからです」
一方でカンナは、少し申し訳なさそうに答えた。「正直に言って、私も新聞は好きではありません。だって、どこの社も同じことを書いてるでしょ?」
2人の答えはアメリーにとって想定内だったようで、彼女の持論タイムが始まった。「この会社の人は、皆そう思っているわね。新聞は日々の事件を追いかけて、人々の注目を集めて、集めた情報はポイ捨て。だから一社あればいい。」
新人はうなずきこそしないが、同意した。アメリーは続けた。
「でも、それは本当かしら?毎日発行する新聞は、世界一たくさんの情報を持っている。領域をまたいだ情報が集まることで、一つの大きな物語が出来上がるのよ。私たちが紡いでいる物語は専門誌では書けない。“この世界”よ。そこに専門性は無いと思う?本当に?」
若者たちは面食らった。男の方は「でも、今までそうは思われていません。」と一矢報いたが、すぐに「なぜ?」と問われて閉口した。女の方は全く何も言えなかった。
アメリーは「とにかく一冊作れば何かわかる」と締めくくり、2人の正式な役職を言い渡した。新聞部の新人、タイラカナゾウは文字ノ泉新聞編集長となった。そしてカタカンナは、オンライン版の担当になった。今年の同期の中で最もダメなヤツが決まった瞬間だ。ドンマイ、カンナ!
女上司に追いすがって、カンナは尋ねた。
「私が何も言えなかったからですか?」
上司は「あなたに向いているからよ」とだけ返した。そして「通常業務に入る前に、健康相談室に行くように」と言い残すと、颯爽とどこかへ行ってしまった。
カンナはこれから始まる負け組ライフに目を背けるように、新聞部を後にした。